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従業員を雇っている企業は、毎年、従業員に支払った賃金をもとに労働保険料を申告・納付する「年度更新」の手続きを行う義務があります。
年に一度の作業とはいえ、集計・申告・納付と複数のステップがあり、内容を正しく理解していないと納付金額の計算ミスや手戻りの原因にもなります。
この記事では、次の点を社労士の視点でわかりやすく解説します。
労働保険の年度更新とは
年度更新手続きの流れ
保険料を計算する際の注意点
電子申請を利用するには
「年度更新は初めてだから手順や注意点を知りたい」「紙の申告書が面倒だと感じている」などお悩みの実務担当者の方は、ぜひご覧ください。
企業が従業員を雇用する際に必要となる「労働保険」は、毎年、前年度の賃金をもとに保険料の精算と、次年度の概算保険料の申告・納付を行う「年度更新」という手続きが義務づけられています。
ここでは、労働保険の基本的な構成や、年度更新で求められる手続きの内容、そして法的義務について解説します。
労働保険とは、「労災保険(労働者災害補償保険)」と「雇用保険」という、2つの制度をまとめた総称です。
労災保険は、業務上や通勤途上で起きた災害によるけがや病気・障害・死亡などに対して、労働者やその遺族を保護するための制度です。
保険料はすべて事業主が負担し、保険料率は業種によって1,000分の2.5から1,000分の88と幅があります。この保険料率は原則3年に1回見直されており、令和7年(2025年度)は令和6年と同様の料率が適用されています。
一方、雇用保険は、主に失業中の生活を支援し、再就職を促進することを目的とした制度で、失業手当や教育訓練給付などが支給されます。
保険料は労働者と事業主がそれぞれ一定割合を負担し、令和7年4月以降の保険料率は1,000分の14.5から1,000分の17.5と業種ごとに適用されています。
雇用保険料率は原則毎年見直されており、令和7年は次のように変更されました。
厚生労働省:https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-hellowork/content/contents/002144970.pdf
労災保険と雇用保険は制度として別々ですが、保険料の申告・納付などの手続きは一体的に行われ、「労働保険の年度更新」として扱われます。
労働保険の年度更新は、前年度に支払った賃金から実際の保険料を確定させる「確定保険料」と、当年度の見込みに基づく「概算保険料」を申告・納付する制度です。
保険料は毎年4月1日から翌年3月31日までの賃金総額に基づいて計算され、賃金の変動によって保険料に過不足が生じた場合、その差額を精算します。
このため、年度更新では令和7年度分として、次の2つの申告・納付を行います。
確定保険料の申告と精算(令和6年保険料率を使用)
令和6年4月1日から令和7年3月31日に実際に支払った賃金をもとに、確定保険料を算出し、概算額との差額を精算する
概算保険料の申告と納付(令和7年保険料率を使用)
令和7年4月1日から令和8年3月31日までに支払う予定の賃金総額をもとに、保険料をあらかじめ納付する
※前年度と比較して賃金総額の見込み額が2分の1以上2倍以下の場合、今回確定した賃金総額と同額で計算する
具体的な手続きの流れについては、次章で詳しく解説します。
労働保険の年度更新は、法律で定められた手続きであり、すべての事業主に対して申告・納付を義務付けられています。
労働局から送付される「労働保険(増加)概算・確定保険料申告書」に必要事項を記入し、期限内に提出・納付を行う必要があります。
年度更新の期間は、毎年6月1日から7月10日* までと定められており、この期限を過ぎると追徴金が科される可能性があるので注意しましょう。
*令和7年度は6月2日(月)から7月10日(木)までに申告・納付
保険料の計算には1年間の賃金データを集計する必要があり、一定の準備期間が発生します。作業は早めに始め、期限内の対応を確実に進めていきましょう。
労働保険の年度更新は、次の流れで行います。
① 毎年5月下旬に申告書が届く
労働保険の年度更新に必要な書類は、毎年5月下旬を目安に各企業へ郵送されます。
書類は「労働保険(増加)概算・確定保険料申告書」や「確定保険料・一般拠出金算定基礎賃金集計表」などが入っており、会社名や所在地など基本情報があらかじめ印字された状態で届きます。
到着後は、記載内容に誤りがないか念のため目を通しておきましょう。たとえば、社名の変更や会社の移転などがあった場合、反映されているか確認しておく必要があります。
② 賃金集計表の作成
申告書を記入する前に、「確定保険料・一般拠出金算定基礎賃金集計表」を用いて賃金総額を算出します。
この表は提出書類ではありませんが、正確な保険料を算出するうえで欠かせない用紙です。
厚生労働省のホームページでは、Excel形式でダウンロードできる集計表や記入例が公開されています。自動計算機能が組み込まれており、賃金の入力ミスや計算間違いを防ぐためにも、積極的に活用するとよいでしょう。
集計表記入例
厚生労働省:令和6年度 確定保険料算定基礎賃金集計表/令和6年度 確定保険料算定内訳 記入例
対象となる賃金は、申告対象年度(4月1日〜翌年3月31日)に支払った労働保険の対象となる従業員の給与・賞与の賃金総額です。
具体的には、次のような従業員が対象となります。
労災保険の対象となる労働者
正社員・契約社員・パート・アルバイトなど、雇用形態や労働時間に関わらず、事業主に雇われて働くすべての人
雇用保険の対象となる労働者
正社員・契約社員・パート・アルバイトなどのうち、原則として週20時間以上の所定労働時間かつ31日以上の雇用見込みがある者
※法人の役員や同居の親族などは、原則として労働保険の対象外
③ 申告書の作成
賃金の集計が完了したら、「労働保険(増加)概算・確定保険料申告書」へ必要事項を記入します。
記入手順は、次のとおりです。
1.被保険者数・賃金総額を転記
集計表をもとに労災・雇用保険の被保険者数、対象者分の賃金総額を転記する
2.保険料の計算
転記した賃金総額に各保険料率をかけて、確定・概算保険料を算出する
3.前年度との精算額を記入
前年度に納付した概算保険料と確定保険料との差額を記入する
差額がプラスであれば「不足額」マイナスであれば「充当額」へ記入
4.今年度納付する概算保険料を記入
→保険料額が40万円以上で3回に分けて納付する場合は、3分割して記入する
5.最終的な納付額の計算
第1期保険料に3.の精算額および一般拠出金を合算し、今年度納付額を算出する
詳細は次の記入例をご参照ください。
厚生労働省:労働保険年度更新申告書の書き方 より作成
④ 申告書の提出と保険料の納付
「労働保険(増加)概算・確定保険料申告書」を作成し終えたら、いずれかの方法で提出します。
提出方法 | 提出先 |
持参で提出 | 管轄の労働局や労働基準監督署など |
郵送で提出 | 管轄の労働局 |
電子申請 | e-Gov(行政サービスのWeb窓口) |
保険料は、申告書についている「領収済通知書」に保険料を記入のうえ、金融機関の窓口で納付します。
厚生労働省:年度更新申告書計算支援ツール より作成
なお、保険料は原則として一括納付ですが、概算保険料が40万円以上* ある場合は、最大3回に分けて「延納」することが可能です。
*労災保険か雇用保険のどちらか一方の保険関係のみ成立している場合は20万円
令和7年度の労働保険料の納期限は、次のとおりです。
第1期(全期) | 第2期(延納) | 第3期(延納) | |
通常の納期限 | 7月10日 | 10月31日 | 2月2日 |
口座振替の納付日 | 9月8日 | 11月14日 | 2月16日 |
金融機関の窓口で納付する場合は、第2期・第3期と忘れずに納付しましょう。
また、納付漏れや手間を減らすために、口座振替による労働保険料の納付方法を利用することも可能です。
口座振替納付を希望する場合は、厚生労働省のホームページより申込用紙をダウンロード・記入のうえ、案内に沿って提出してください。
▼厚生労働省-口座振替納付手続きの詳細-
労働保険料等の口座振替納付
年度更新の保険料の計算では、すべての賃金が対象になるわけではありません。
ここでは、賃金に含むものと含まないものの違いを解説します。
労働保険料の計算には、労働の対価として支払われる賃金総額(税・社会保険料控除前)が対象となります。名称を問わず、現金・現物を含む幅広い支給が対象です。
対象となる主な支給 | 例 |
基本賃金 | 月給・日給・時給など |
各種手当 | 通勤手当(課税・非課税)・扶養手当・家族手当・技能手当・住宅手当・地域手当・調整手当・特殊作業手当など |
割増賃金 | 残業手当・深夜手当・休日手当など |
賞与 | 夏季・年末などに支払うボーナス |
休業手当 | 会社都合で休業する場合の手当 |
厚生労働省:労働保険年度更新申告書の書き方より作成
なお、実際の支払いが翌年度であっても、年度内に確定している賃金であれば当該年度に含めて集計します。
一方で労働の対価といえない慶弔金や出張旅費などは、保険料の対象外です。
対象とならない主な支給 | 例 |
慶弔見舞金等 | 結婚祝金・死亡弔慰金・災害見舞金・勤続褒賞金など |
退職金 | 退職を理由として支払われるもの |
出張・立替費用 | 出張旅費・宿泊費などの実費弁償と考えられるもの |
保険給付 | 協会けんぽから支給される傷病手当金など |
奨励金 | 財形貯蓄のための持ち株奨励金など |
厚生労働省:労働保険年度更新申告書の書き方より作成
労働保険の年度更新は、紙での申告だけでなく、インターネットによる電子申請にも対応しています。
ここでは、電子申請のメリットや必要な準備について解説します。
年度更新を電子申請できる「e-Gov」は、申請業務の効率化や人的ミスの削減を目的に、活用する企業が増えています。
電子申請を利用すると、次のようなメリットがあります。
24時間いつでも申請できる
窓口への移動や郵送の手間がかからない
過去の情報を引き継ぐことで転記ミスを減らせる
申請の進捗管理ができる
常に最新の様式で申請できる
また、2020年4月から資本金1億円以上など一定の条件を満たす法人では、電子申請が義務化されています。
対象外の事業者であっても、業務効率化やコスト削減の観点から、電子申請の活用を検討する価値は十分にあるでしょう。
電子申請を利用するには、次の4つを準備する必要があります。
パソコン
e-Govアカウントの作成
e-Govアプリケーションのインストール
電子証明書の取得
電子申請はパソコンから行うため、まずはパソコンを準備しましょう。
次にe-Gov(電子申請の窓口)アカウントを作成し、パソコンやブラウザ設定を行ったのち、アプリケーションをインストールします。
実際に電子申請を行うには、「電子証明書」の取得が必須です。
電子証明書はe-Govホームページに掲載されている「認証局」へ依頼し、発行手続きを行います。
▼e-Gov
または1つのID・パスワードで法人向け行政サービスを利用できる「GビズID」のうち、「gBizIDプライム」と「gBizIDメンバー」を取得することで、電子証明書なしで電子申請を行うことが可能です。
▼デジタル庁
いずれかの方法で申請できる準備を整えましょう。
労働保険の年度更新は、労務管理システムや給与計算システムを活用することで計算作業や手続きの効率化が図れます。
とくに、e-Govと連携可能なシステムであれば、日常的に使用している環境からそのまま電子申請を行えるので、作業時間の大幅な短縮につながります。
給与システムの導入を検討する場合、年度更新に対応しているかどうかを確認しておきましょう。
紙や表計算ソフトなどで管理している企業においては、給与計算や社会保険手続きのデジタル化を進めることで、ミスや手間を減らし、全体の業務負担を大幅に軽減することが可能です。
給与計算から電子申請までを一元管理できる体制を整えることで、労働保険の年度更新だけでなく、日常の労務業務もスムーズに進められる点は大きなメリットといえるでしょう。
労働保険の年度更新は、毎年6月1日から7月10日までの期間に、前年度の確定保険料と当年度の概算保険料を申告・納付する必要があります。
申告にあたっては、対象となる賃金の集計や正確な保険料計算が求められ、記載ミスや納付漏れは負担が増える原因にもなりかねません。
手続きは5月下旬頃に送付される書類をもとに、賃金集計表の作成、申告書への記入、納付の流れで行います。
紙の申請のほかe-Govを利用した電子申請を活用すると、作業の効率化にもつながります。
賃金集計などミスが起こりやすい作業が多いため、年度更新は早めに準備を始めて期限内に確実な対応を心がけましょう。
また、賃金の集計や申告書の作成負担を軽減するために、労務管理システムや給与計算システムの導入を検討することもおすすめです。
業務の効率化と保険料計算の正確性を両立させ、年度更新を進めていきましょう。
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