COLUMN

従業員の心の健康を守る「メンタルヘルス対策」は、今や企業にとって欠かせない取り組みです。
従業員の不調を未然に防ぐことは、企業の法的責任を果たすだけでなく、生産性の向上や人材定着にも直結します。
この記事では、メンタルヘルス対策について、社労士がわかりやすく解説します。
メンタルヘルス対策を本格的に進めたいと考える労務担当者の方は、ぜひ参考にしてください。
メンタルヘルス対策とは、単に従業員の心の不調を治療・予防するためのものではありません。企業全体で「従業員の心の健康を守り、いきいきと働ける職場をつくる」ことを目的とした取り組みです。
心の不調は個人の問題にとどまらず、組織全体の生産性や離職率にもつながります。そのため、メンタルヘルス対策は「予防・早期発見・復職支援」の3つを柱として、次のように継続的かつ体系的に実施していくことが重要です。
| 目的 | 具体例 | |
| 一次予防 | メンタルヘルス不調を未然に防止する取組 | 職場環境の改善、ストレスチェックの実施 など |
| 二次予防 | メンタルヘルス不調を早期に発見し、適切な措置を行う取組 | 相談窓口の整備、上司や同僚が気づける体制 など |
| 三次予防 | メンタルヘルス不調となった労働者の職場復帰の支援等を行う取組 | 短時間勤務などの配慮、復職プログラムの策定 など |
企業は労働契約法や労働安全衛生法などにもとづき、従業員の心身の健康を守る法的責任を負っています。
ここでは、安全配慮義務やストレスチェック制度、産業医の役割など、企業が押さえておくべき義務とリスクについて解説します。
企業には、従業員が安全かつ健康に働けるよう配慮する「安全配慮義務」があり、労働契約法第5条で定められています。
従業員に対する安全配慮義務は、身体だけでなく心の健康にも配慮が必要です。
長時間労働や強い精神的プレッシャーにより不調を抱える従業員がいれば、残業時間の調整や部署異動、休職など適切な処置を行うことが企業の責任です。
そのため、相談窓口の設置や外部の産業医など、従業員の心身を守る体制づくりが求められています。
ストレスチェック制度は、従業員が自身のストレスに気づき、必要に応じて医師の面接指導や職場環境の改善につなげる仕組みです。
常時50人以上の事業場では、労働安全衛生法により年1回の実施が義務付けられ、結果は本人に通知されます。希望者には医師との面接機会を設け、会社は部署単位の傾向を把握して職場改善に活かすことが求められます。
さらに、2025年5月14日に成立した労働安全衛生法等の改正により、これまで努力義務にとどまっていた50人未満の企業でも、ストレスチェック実施が義務化されることになりました。施行日は公布日から3年以内と定められており、2028年までにはすべての事業場でストレスチェックが必須となる見込みです。
産業医とは、医学の専門知識を活かして従業員の健康を守る役割を担う医師です。常時50人以上の従業員がいる事業場では必ず1名以上の産業医を選任し、健康管理を行う義務があります。
メンタルヘルス対策においては、ストレスチェック後の面接指導、長時間労働者への面談、休職者の職場復帰支援などで中心的な役割を果たします。医師として診断するだけでなく、会社に対して労働環境の改善や配慮について助言する立場でもあります。
また、国は「労働者の心の健康の保持増進のための指針」を定めており、企業はこのガイドラインに沿って「心の健康づくり計画」を策定し、計画的にメンタルヘルス対策を進めることが推奨されています。
メンタルヘルス対策を怠ると、企業にはさまざまなリスクが生じます。
従業員50人以上の事業場では、ストレスチェックの結果を労働基準監督署へ報告する義務があり、未提出や虚偽報告をすると50万円以下の罰金が科される可能性があります。
さらに、長時間労働やハラスメントといった問題を放置し、最高裁判所より「安全配慮義務違反」と判断されると、会社に対して損害賠償請求が行われる可能性も否定できません。
実際に、過去の裁判では、長時間労働が原因でうつ病を発症した従業員の遺族が企業を訴え、使用者責任が認められた事例もあります。
このように、法令違反による罰金にとどまらず、重大な労務トラブルや賠償責任につながるリスクがあるため、企業には予防的な取り組みが強く求められます。
メンタルヘルス対策には、従業員の働きやすさを高める内部的な効果と、企業評価やリスクヘッジなど外部的な効果の両面があります。
ここからは、その具体的なメリットと実際に行われている取り組みを見ていきましょう。
メンタルヘルス対策は、従業員が安心して働ける環境を整え、パフォーマンスを高める効果があります。結果として、企業全体の生産性向上にもつながる点が大きなメリットです。
事例:株式会社大谷商会
2009年頃から本格的にメンタルヘルス対策に取り組んでいる株式会社大谷商会は、以下のような施策を展開しています。
・メンタルケアー研修の実施
・社長との年2回の面談
・外部相談窓口の設置
・日々の感謝を伝えるアプリ
これらにより従業員の定着率が向上し、新卒採用でも成果を上げています。「利益の一部を従業員の教育やケアに還元する」という方針によって“良い循環”が生まれています。
参考:厚生労働省「こころの耳 職場のメンタルヘルス対策の取組事例」
メンタルヘルス対策を進めることで、従業員が安心して働き続けられる環境を整え、結果的に離職率の低下や人材の定着につながります。心の不調や働き方への不満を早期に把握し、柔軟な勤務制度や業務改善を進めることが重要です。
事例:株式会社プロデュース
介護施設を運営する株式会社プロデュースでは、業界特有の離職率の高さと人手不足の改善に向けて、次のような取り組みを行いました。
・月2回や1日に1時間など、高齢者の「超時短労働者」を導入
・マニュアルやチェックリストなど、業務の仕組み化を徹底
・業務を細分化し、働く世代と高齢者が助け合う体制を構築
介護資格を持つ職員は専門業務に専念し、資格を持たない超時短労働者は掃除や洗濯などを担う仕組みにより、2017年に30%を超えていた離職率が2018年には約8%と大幅に減少しました。 人手不足の解消だけでなく、人件費や採用コストの削減にもつながり、安定的な事業運営を実現しています。
参考:厚生労働省「こころの耳 職場のメンタルヘルス対策の取組事例」
メンタルヘルス対策は、現代の企業経営において法的・社会的リスクを回避し、企業価値を高めるための重要な戦略です。とくに、管理職向けのメンタルヘルス研修は、部下の不調を早期に察知できるだけでなく、上司の立場を利用したハラスメントの抑制にも効果を発揮し、健全な職場風土の形成につながります。
一方で従業員の心の健康への配慮を怠った場合、労災認定や安全配慮義務違反による損害賠償請求といった重大なリスクを抱えることになります。実際に、精神障害に関する労災の支給決定件数は、608件(令和2年)から1,055件(令和6年)と2倍近く増加しており、企業にとって見過ごせない課題となっています。

その反面、メンタルヘルス対策に積極的に取り組み、その姿勢を社会に発信する企業は、「従業員を大切にする会社」として信頼性やブランドイメージを向上させ、採用力や顧客からの評価にも良い影響を与えることが期待できます。
職場におけるメンタルヘルス対策を効果的に進めるためには、次の4つのケアを継続的かつ計画的に行うことが重要です。
| 実施する人 | 主な役割や内容 | 具体例 | |
| セルフケア | 本人 | 従業員一人ひとりが、ストレスや心の健康について正しく理解し、自らのストレスに気づき、予防・軽減・対処する。 | ・ストレスチェックにより、自身のストレス状況の把握 ・不調を感じた際に、上司や相談窓口に自発的に相談する など |
| ラインによるケア | 管理監督者 | 部下と日常的に接する管理監督者が、職場の環境改善に努めるとともに、部下からの相談に対応する。 | ・部下の遅刻や欠勤の増加、様子の変化などに気を配り、声をかける ・休職した部下の円滑な職場復帰を支援する など |
| 事業場内産業保健スタッフ等によるケア | 産業医 保健師 | 産業医や保健師などの専門スタッフが、企業のメンタルヘルス対策の中心的な役割を担う。 | ・「心の健康づくり計画」を策定・推進する ・社内相談窓口を設置・運営する など |
| 事業場外資源によるケア | 会社以外の専門的な機関や専門家 | 社内に専門スタッフがいない場合や、より専門的な支援が必要な場合に、事業場外の機関や専門家の支援を活用する。 | ・産業保健総合支援センターや地域産業保健センターに相談し、助言や支援を受ける ・EAP(従業員支援プログラム)機関と契約し、カウンセリングサービスなどを利用する |
これらの組み合わせにより、従業員がいきいきと働ける職場づくりを目指します。
従業員が安心して働ける環境を整えるためには、組織としてのメンタルヘルス対策が欠かせません。
ここでは、企業が実際に取り組むべき主な施策について解説します。
ストレスチェックは、個人結果だけでなく集団分析を通じた職場改善に活用することが重要です。
実際にストレスチェック制度の導入により社内の理解が深まり相談体制が機能した結果、10年間で1か月以上の休職者数が20名から4名へと大幅に減少した企業もあります。
また、ストレスチェックの分析結果をもとに職場環境を改善し、高ストレス者の割合を20%から6%へ縮小したケースも報告されています。
参考:厚生労働省「ストレスチェック制度を含めたメンタルヘルス対策について」
従業員が安心して相談できるよう、社内外に窓口を用意することが重要です。
とくに、会社と直接関わらない社外窓口は、匿名性が高く利用しやすい点がメリットです。
一方、社内窓口は人事部などの管理部門が担うケースが多く、「相談内容が評価や上司に伝わるのでは」と懸念して利用をためらう従業員もいます。
そのため、研修講師をカウンセラーが務める仕組みを導入することで相談のハードルが下がり、相談件数が増える傾向が見られます。
参考:厚生労働省「事業場におけるメンタルヘルス対策の取組事例集」
産業医や保健師との連携により、ケースに合わせて適切な対応を行うことができます。
ストレスチェック後の面接指導や長時間労働者への対応、休職者の職場復帰支援など、専門家の意見を交えて従業員の心身をサポートすることが重要です。
また、健康相談窓口の設置や職場環境への助言によって、個別対応にとどまらず、組織全体の健康増進や労働生産性の向上に寄与する役割を果たしています。
メンタルの不調により休職する従業員への対応として、スムーズに職場復帰できる仕組みを整えることが求められます。
多くの企業では国の手引きを参考に「職場復帰支援プログラム」を策定し、休職開始から復帰までの流れを明確にしています。従業員が安心して休職・復職できる制度づくりがポイントです。
▼休職・復職制度についての記事はこちら
【社労士が解説】休職制度とは?基準から復職・休職期間満了時の対応について
従業員の心の健康を守ることは、単なる義務ではなく、生産性の向上や人材定着、企業リスクの管理に直結する重要なポイントです。
本記事を参考に、セルフケアからラインケア、そして専門家との連携を含む多角的な取り組みを計画的に進め、従業員がいきいきと働ける職場環境を整えていきましょう。
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