COLUMN

パート・アルバイトなどの短時間労働者に大きな影響を与えるのが、社会保険適用拡大です。
この改正は2035年まで段階的に対象範囲が拡大し、最終的には企業規模要件が撤廃されることが決まっています。
本記事では、社会保険適用拡大について、社労士がわかりやすく解説します。
・社会保険適用拡大の背景・改正スケジュール・コストシミュレーション
・企業ができる3つの対策
・対策の質とスピードを高める方法
社会保険加入者の増加に備えたいと考える実務担当者の方は、ぜひ参考にしてください。
社会保険適用拡大の背景には、大きく2つの目的があります。
1つは、年金制度の持続可能性を確保すること、もう1つは、働き方による保障格差をなくすことです。
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厚生年金保険は、現役世代が納めた保険料で高齢者の年金をまかなう「賦課方式」で運営されていますが、少子高齢化の進行により、この仕組みの維持が難しくなっています。厚生労働省の推計によると、2040年には65歳以上の人口が全体の約35%を占める一方で、15〜64歳の生産年齢人口は減少の一途をたどるとされています。
こうした人口構造の変化によって「支える側」と「支えられる側」のバランスが崩れつつあり、年金制度を安定的に運営するためには、より多くの人に社会保険へ加入してもらうことが求められています。
さらに、パート・アルバイトなどの短時間労働者は、フルタイム労働者に比べて年金や医療などの社会保障が十分でないケースが多いです。こうした保障格差を解消し、誰もが安心して働き続けられる環境を整備することが国の政策方針として掲げられています。
2025年現在、厚生年金保険の被保険者数(以下「従業員数」という。)51人以上の企業で働く短時間労働者は、下記4つの要件をすべて満たす場合、社会保険の加入が義務付けられています。
①週の所定労働時間が20時間以上
②月額賃金が8.8万円以上
③雇用期間が2か月を超える見込み
④学生でないこと
ただし、②の賃金要件については、最低賃金が1,016円以上の地域で週20時間働くと自動的に満たされる要件のため、2026年10月を目処に撤廃予定となっています。
そして、今後の企業規模要件の改正スケジュールは以下の通りです。
| 実施時期 | 従業員数 |
| 2027年10月 | 36人以上 |
| 2029年10月 | 21人以上 |
| 2032年10月 | 11人以上 |
| 2035年10月 | 1人以上 |
このように、社会保険加入の企業規模要件は、2035年10月に撤廃されることが決まっています。今後約10年をかけて、段階的に中小・零細企業へ広がっていくため、従業員数50人以下の企業は早い段階での対応が求められます。
次に確認すべきことは「自社にとって、どれくらいの負担が発生するのか?」という具体的なコストです。
コストを見積もることで、対策の優先順位や時期を判断しやすくなります。
ここでは、月収や新規加入者数ごとの年間企業負担額のシミュレーションを紹介します。
まずは、短時間労働者1人あたりの企業負担額を、月収別に試算したケースから見てみましょう。
社会保険料の企業負担は、厚生年金保険料と健康保険料を合わせて月収の約15%とされているため、以下のように年間で数十万円単位のコストが発生します。
| 月収 | 年間企業負担額 |
| 88,000円 | 約158,400円/人 |
| 100,000円 | 約180,000円/人 |
| 120,000円 | 約216,000円/人 |
| 150,000円 | 約270,000円/人 |
1人あたり年間企業負担額=月収×保険料率×12か月
次に、年間企業負担額を、改正年と企業規模、新規加入者数ごとに試算したケースを見ていきましょう。
以下は、月収10万円の短時間労働者のシミュレーションです(保険料率:15%想定)。
| 改正年 | 企業規模 | 新規加入者数 | 年間企業負担額 |
| 2027年 | 50人 | 5人 | 約900,000円 |
| 2029年 | 30人 | 5人 | 約900,000円 |
| 2032年 | 15人 | 3人 | 約540,000円 |
| 2035年 | 5人 | 1人 | 約180,000円 |
コストシミュレーションによって、社会保険適用拡大による具体的な企業負担額が見えてきました。
その負担額を踏まえたうえで、実際に企業ができる対策はどのようなものがあるのか確認しましょう。
ここでは、3つの対策を紹介します。
短時間労働者の社会保険の加入が義務付けられることで、社会保険料による手取りの減少が就業意欲に影響するケースが想定されます。
そこで厚生労働省は、社会保険適用拡大の対象となる短時間労働者を支援するため、3年間の特例措置として社会保険料の負担割合を軽減できる制度を設けました。
制度の概要
・対象企業 :従業員数50人以下
・対象労働者:新たに社会保険加入対象となった標準報酬月額が12.6万円以下の短時間労働者
・実施期間 :3年間(3年目は軽減割合を半減)
・内容 :企業が労使折半を超えて支払った社会保険料の全額を支援
| 標準報酬月額 (年額換算) | 8.8万 (106万) | 9.8万 (118万) | 10.4万 (125万) | 11万 (132万) | 11.8万 (142万) | 12.6万 (151万) |
| 労働者の負担割合 | 50%→25% | 50%→30% | 50%→36% | 50%→41% | 50%→45% | 50%→48% |
以下は、月収8.8万円の短時間労働者に制度を活用したケースです(保険料率:15%想定)。
| 月収8.8万円 | 制度活用前 | 制度活用後 |
| 負担割合(従業員:企業) | 50:50 | 25:75 |
| 従業員負担額 | 約13,200円 | 約6,600円 |
| 企業負担額 | 約13,200円 | 約19,800円(約6,600円は全額支援) |
この制度を活用することで、企業に対しては、労使折半を超えて多く支払った社会保険料は全額支援されるため、実質の企業コストは増えません。また、従業員に対しては、この支援で社会保険料の負担額が軽減されても、将来の年金受給額が軽減されることはありません。
このように、就業調整を減らすための保険料調整を活用することで、新たに社会保険の加入対象となった従業員の「手取りが減る不安」を軽減しつつ、就業調整の抑制につなげることが可能です。制度の活用には企業からの申請が必要なため、対象となる企業は早めに制度の内容を確認しておきましょう。
先程紹介した、就業調整を減らすための保険料調整は実施期間が3年間と制限されていることから、その先の4年目以降の対策まで考えておく必要があります。
そこで、もう一つの対策として有効なのが企業型確定拠出年金の導入です。企業型確定拠出年金には4つの制度設計があり、その中には「選択制」と呼ばれる「選択制確定拠出年金」があります。
この選択制確定拠出年金は、給与を分割し、その一部を掛金とすることが可能で掛金は社会保険料や所得税の対象外となります。また、選択制確定拠出年金(企業型確定拠出年金)の加入資格は、原則70歳未満の厚生年金被保険者であることから、社会保険適用拡大によって新たに厚生年金の被保険者となった短時間労働者へ活用できる制度としても適しています。
社会保険適用拡大によって、短時間労働者が新たに社会保険の加入対象となった際に、労働条件の変更をしない場合、従業員は手取りの減少、企業はコスト増加となり、労使ともに負担が生じてしまう可能性があります。
しかし、年収の壁対策として拡充された、キャリアアップ助成金の「短時間労働者労働時間延長支援コース」を活用することで、従業員は労働条件の改善、企業はコスト負担の軽減が期待できます。「短時間労働者労働時間延長支援コース」は、労働者を新たに社会保険に加入させるとともに、収入増加の取り組みを行った事業主に助成されるものです。

特に、小規模企業(常時雇用する労働者の数が30人以下である事業主)において大きなメリットを発揮し、労働者1人につき最大75万円の助成金が支給されます。
また、この助成金の対象となる労働者は、社会保険の加入日の6か月前の日以前から継続して雇用され、社会保険の加入要件を満たさない条件で就業していた者とされています。そのため、社会保険適用拡大のスケジュールにあわせて、早い段階から助成金の活用を前提にした準備計画を立てておくことが重要です。
社会保険適用拡大に向けた対策は、就業調整の抑制や制度導入、助成金の活用など、企業が直面するテーマは多岐にわたります。そして、それぞれの施策には法律や制度の正確な理解、申請手続きにおける実務対応力が求められます。
社会保険の加入要件の判定、複雑な申請書類の作成、助成金の対象条件のチェックといった業務は、制度ごとに異なる細かなルールや期限が存在するため、実務担当者だけで対応しきるのには限界があります。
こうした状況において、社会保険に関する専門家である社労士との連携は、対策の質とスピードを高める有力な手段となります。
具体的に社労士は、次のような場面で企業をサポートすることができます。
・社会保険の加入対象の判定や手続きの代行
・助成金の制度選定、要件精査、申請書類の作成支援
・雇用契約書や就業規則の見直し提案
・制度設計やコスト最適化に関する助言
・制度導入に向けた社内向け説明資料の作成・説明会の実施支援 など
社会保険適用拡大は、年金制度の持続可能性を確保し、働き方による保障格差をなくすことを目的に段階的に進められており、2035年には企業規模要件が撤廃されます。
この改正により、企業には新たな社会保険料負担や手続き対応が求められます。特に、今後対象となる従業員数50人以下の企業は、早めの準備と対策が必要です。
まずは、改正スケジュールやコストシミュレーションを確認し、自社にどの程度の影響があるのかを具体的に把握することから始めましょう。
あかつき社会保険労務士法人では、社会保険適用拡大に向けた企業の準備・制度設計・助成金申請をトータルでサポートしています。
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