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COLUMN

本当のところ、退職金は必要か

シリーズ:あかつき退職金研究所(1)

退職金コンサルティングをしていると、退職金の本質について考えさせられることが多くなりました。
退職金の「本当のところ」を考えるプロセスを、皆さんと共有したいと思います。

そもそも退職金は何のためにある?

退職金の起源は江戸時代の「のれん分け制度」と言われています。使用人への「独立の際の報奨金」として出されていたものでした。明治時代以降に、今の退職金制度に近いものが生まれたそうですが、初めは熟練工の引き留め策として、後に生活保障の意味合いを帯び、社会保障や労働条件の一部としての性格を持つようになり、やがて企業が社内外において計画的に積立をするものに変化していきます。

日本では当たり前となりつつある退職金は、少し前までは国内7割超の企業が導入済みと言われていましたが、近年は減少傾向にあるようです(「中小企業の賃金・退職金事情(令和2年版)」東京都産業労働局)。海外では公的年金はあっても退職金が当たり前ではないところが多いようです。アメリカでは401Kと呼ばれる投資型の年金積立の仕組みがあり、それをお手本とした日本版401K「確定拠出年金」は、2001年に生まれました。

このような退職金ですが、本来企業は退職金を用意する「義務」はありません。なのになぜ、何のために、多くの企業が退職金を用意するのでしょう。歴史的な流れを見ると理解できるのは、
①「功労への報奨金」としての意味合い
②終身雇用の延長線上にある「老後の生活保障」
という性格を持っていたことは、容易に想像がつきます。この場合、従業員が退職するときに初めて発生するものという意味合いを持ち、「頑張らなかった人には支払わない」「定年までいない人には支払わない」なども、理屈上は成り立ちそうです。ところが、もう一つ考え方があります。
③「賃金の後払い」という考え方
本来は今支払うべきものですが、その一部を積み立てて何年か後にまとめて支払うようにする、という考え方です。この場合、本来従業員が受け取る権利をもっているものだということになり、「条件によっては支払わない」が成り立たないものとなります。実際のところ、給付額を約束した退職金制度がある場合、「今経営が苦しいから、退職金は減額する」「今年は支払わない」などは認められず、よほどのことがない限りは「経営がどんな状況であっても支払う必要がある」と解釈されます。ただし、労働者の著しい背信行為などによっては、不支給が認められる場合があります。

実際のところ、退職金に込められた意味合いは、①②③の全てを含むものなのでしょう。ただ、退職金制度は先にも書いた通り「義務」ではありません。その企業で就業規則に定められて初めて発生するもので、どのような制度にするかは関連する法に則った範囲内で自由に設計が可能です。それぞれの経営者の想いや経営方針により、「入社〇年後から支給」「退職理由によっては減額」等の条件が付くことになります。

「義務」ではない退職金、本当に必要か

退職金が必要か不要かは、退職金制度のメリットを整理をしたうえで考えてみようと思います。
まずは退職金を導入する場合のメリットを、従業員目線と企業目線でまとめてみます。

従業員のメリット企業のメリット
  • 入社へのモチベーションとなる
  • 労働条件や福利厚生など、その企業への所属に対し満足度が上がる
  • 長期的なライフプランを立てやすくなる
  • 老後に必要な費用を賄うことができる
  • 他の財形を利用するよりも、老後の資産形成が有利に行える
  • 退職金相当額を数年に分けて賞与でもらうより、退職金として受け取るほうが、生涯手取りは多くなる
  • 良い人材を確保するためのアピール材料になる
  • 良い人材を長く定着させる理由になる
  • 定年や早期退職などの「退社」、あるいは雇用調整などを円滑に進めるための装置になる
  • 評価との連動により、従業員がモチベーション高く仕事をするために効果がある
  • ペナルティを設けることにより、従業員がモラルに反する行為を行う抑止力になる
  • 税制優遇やコストメリットがあるため、会社負担額が大きく変わる

メリットはこんなに上がりました。何と言っても、従業員にとっての生涯手取り増加、会社にとっての負担額軽減は、大きなメリットになるのではないでしょうか。
例えば勤続40年、年収400万円の人が2,000万円を退職金で受け取る場合、退職金控除の範囲内で税金等もかからず全額受け取れますが、40年間、毎年賞与を50万円ずつ受け取った場合は、税金等が引かれますので、現在の一般的な保険料率や税率でざっと計算すると、手取り合計額は1,500万円を下回ってしまいそうです。手取りが500万円以上違う可能性があるのです。

会社負担の方も見てみましょう。退職金制度がなく給与や賞与水準を上げていれば、その分、法定福利費がかかります。勤続年数40年の人に毎年50万円賞与として支払っていた場合、法定福利費は300万円を超えるでしょう。ところが退職金として2,000万円支給する場合には、法定福利費の負担がなくなり、会社負担額は300万円以上の差が出ることになります。従業員も会社も、この差は大きいです。

一方で、退職金を導入するデメリットもあります。企業にとっては人事面でも財務面でも管理が大変になりますし、導入する制度によっては常に資金繰りを気にしなければならなくなる可能性もあります。従業員の目線で言えば、退職金がない方が月々の給与水準が高くなるので、「今」の生活を豊かにできるというのもまた事実です。多くの場合、年齢が若いほど「今貰える方が良い」と考えがちですし、「今給与水準が高い」ことのほうが採用に有利に働く可能性も否定できません。
ただ、この効果は一時的なものになる可能性があります。「今」を刹那的に追いかける若者を雇っても、すぐに次へと転職してしまう傾向があるかもしれません。退職金がないことで、「長期的なキャリア意識」を育むことができず、人材が定着しないということもあるでしょう。不祥事への抑止力も期待できません。つまり、従業員を長期的にプラスの方向へ動機づける手段として、退職金は有効な手段である可能性は高く、税制面でもとても有利な点を加味すれば、長期的な組織戦略にはとても効果的なものだと考えることができるのです。

このように考えると、やはり「採用」に課題がある企業ほど、退職金制度をうまく活用するべきなのかもしれません。

中小企業にとっての退職金問題の中核

長年、退職金制度が運用されてきた中小企業の場合、経営者にとってこれにメスを入れるのはとても億劫かもしれません。規程がどうなっているのか、現在どう運用されているのか、紐解くのも恐ろしいものになっている可能性があります。ただ、時代に合わない制度、経営を苦しめる制度になっている可能性もありますので、今見直しはしておいた方が良いかもしれません。

これまで退職金制度がなかった中小企業の場合、「うちには退職金を支払う余裕なんてない」という経営者は多いかもしれません。退職金制度として活用可能な制度にはいくつも種類があり、導入したほうがコストメリットが出るケースもあります。しっかり研究してみて損はないかもしれません。

そして、スタートアップ企業の経営者の場合は、「そんなところまで気が回らない」というのが本音かもしれません。ただ、スタートアップ企業も、これからの企業成長や、良い人材の確保のために、退職金制度を活用していただきたいのです。ただし、将来IPOを考えている場合は、制度選択の際に注意が必要です。将来会社規模が大きくなったときに「使えなくなる退職金制度」もあるからです。

こうしたことを考え、最初にしっかりと「自社にとっての退職金の意味」を検討していただく必要があるのではないでしょうか。