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COLUMN

給与だけが報酬ではない ― 五公五民時代の中小企業の賃上げ戦略とは?

昨今、社会保険料や税負担が増大し、「五公五民」という言葉が現実味を帯びる時代に突入しています。実質的な手取り収入が減る一方で、物価上昇や最低賃金の引き上げといった外的要因が企業に「賃上げ」の圧力をかけ続けています。しかし、単純に給与水準を上げることは中小企業にとって大きな負担であり、経営の持続性を脅かしかねません。

このような状況の中、注目されているのが「第3の賃上げ」ともいえる、給与以外の“報酬”を見直すアプローチです。福利厚生の充実はもちろん、上司からの承認や裁量のある働き方など、社員のモチベーションを高める「見えない報酬」も含めた総合的な施策が求められています。

社会保険料増加と物価高、賃上げの三重苦

令和7年度の見通しでは、日本の国民負担率は46.2%と、ほぼ5割に達し、働いても手元に残る可処分所得が減少しています。さらにインフレによる生活コストの増大により、労働者の不満や不安が増しています。

一方、企業側も人材確保のために「賃上げせざるを得ない」という状況に追い込まれています。

企業では単純な給与額増加は、企業負担の社会保険料の増加となり利益を圧迫することになります。しかも、従業員の手取り額は税と社会保険料の負担により思ったほど増えず、結果として、想定したメリットを十分に享受できず、採用・定着にも悪影響を及ぼしかねません。

「第3の賃上げ」― 福利厚生で実質手取りを向上

そこで注目されているのが、給与に代わる実質的な手取り向上策としての福利厚生の見直しです。たとえば以下のような制度は、非課税扱いや税制優遇を活用することで、企業にも従業員にもメリットがあります。

内容要件税負担社保負担
昼食補助(食事支給):次のどちらも満たしている場合

従業員が半額以上を負担していること

1か月あたり3,500円(消費税除く)以下であること

軽減あり

国税庁

軽減なし
通勤手当:一定額まで非課税対象

公共交通機関等の使用・・・月額15万円まで

自動車等の使用・・・距離に応じて

軽減あり

国税庁

軽減なし
住宅手当の一部(社宅扱い):課税所得を抑える工夫が可能

従業員が賃料相当額の半額以上を負担していること

軽減あり

国税庁

軽減なし
健康診断や予防接種の費用補助:福利厚生費として処理可能

すべての従業員を対象とする

過度に高額でない

軽減あり軽減なし

これらの施策を“見える形”で提示することにより、実質的に「手取りが増えた」と社員が感じやすくなり、満足度と定着率の向上にもつながります。

報酬=給与+福利厚生+動機づけ要因

福利厚生の充実に加えて、いま企業に求められているのは「金銭以外の報酬」の再定義です。

心理学者ハーズバーグの二要因理論によれば、給与や労働条件は“衛生要因”であり、不満の回避には有効でもモチベーションの向上にはつながりません。むしろ、やりがいや承認、裁量のある仕事などの“動機づけ要因”こそが、社員のパフォーマンスと定着を左右するのです。

人材の流動化が進む時代、副業や複業、兼業、テレワークなど、キャリアや働き方の多様化が進み、個人個人が自分の人生と職業人生をしっかり考える時代が訪れています。

大企業と同じ土俵で採用競争をするためには、単純な給与額の勝負では中小企業は不利です。動機づけ要因を活用して、前向きな賃上げ戦略が必要です。

動機づけ要因の具体例

上司からの承認・感謝の言葉

個々の裁量を尊重した働き方

成長機会の提供(外部研修や自己啓発支援)

成果に応じたプロジェクト任命や評価

これらはコストをかけずに実施できるケースも多く、特に中小企業においては創意工夫を活かすことで人材力の最大化が可能です。

中小企業の実践事例

A社(従業員15名、製造業)では、給与水準を大きく引き上げることが難しい中、福利厚生と内的報酬に力を入れました。

昼食補助と通勤費の非課税支給により、年換算で約8万円の手取り向上

上司から権限を委譲し、自己成長できる職場環境の提供によるやりがい向上

社員ごとのスキルマップと目標設定面談により、若手社員の離職がゼロに

給与は据え置きでも、満足度調査では「報われていると感じる」との回答が8割を超えるようになりました。

社労士として伝えたい「報酬設計」の視点

社労士として企業に伝えたいのは、「報酬=給与」という考え方からの脱却です。企業の持続的な成長と社員のエンゲージメント向上のためには、給与・福利厚生・動機づけ要因の3本柱をバランスよく設計する必要があります。

特に人的資本経営や健康経営といった考え方が浸透しつつある今、報酬の再設計は単なる制度改革ではなく、「会社としての価値観」を社員に示す行為でもあるのです。

報酬設計の“思いつき”には注意

ここで重要なのが、「思いつき「場当たり的な制度導入」はむしろ逆効果となり得るという点です。たとえば突然の手当新設や、属人的な評価による報酬アップは、社内の公平性や納得感を損ない、社員の不満を招くことがあります。

報酬制度は、企業の経営方針や人材戦略と一貫性をもって設計されてこそ、その真価を発揮します。

会社がどのような行動を評価するのか

どのような働き方を推奨したいのか

社員にどんな価値観を持ってほしいのか

これらの問いに基づいた報酬設計がなければ、制度は形骸化し、むしろ逆効果となる可能性もあります。だからこそ、社労士としては、企業の理念・ビジョンと連動した“戦略的報酬設計”を提案すべきなのです。

まとめ:総報酬時代の“持続可能な賃上げ”とは

物価高・社会保険料増・採用難といった三重苦の時代において、給与だけに頼らない「広義の報酬設計」は、企業の生存戦略ともいえます。

税制を活かした福利厚生で実質的な手取りを支援

内的報酬によって社員のモチベーションを底上げ

社労士の知見を活かしたトータルな人材戦略

今こそ、社員の“働く意味”“報われ方”を再定義し、企業の魅力を高める転換点に立っているのではないでしょうか。

困った時こそ、社労士の「知恵と経験」が役に立つ。“報酬=給与”という常識に疑問を持ったときこそ、その出番です。

賃金や給与、報酬は会社から社員へのメッセージです。
私たち社会保険労務士の仕事は、労働社会保険の手続き代行や就業規則の作成ではなく、“不安なく、安心して働ける職場”をつくるための仕組みを提案することです。

「何から始めれば良いかわからない」「うちの会社にはどんなルールが良いのか」と感じているなら、ぜひ一度ご相談ください。

あなたの会社にとって、最適な選択を一緒になって考えます。

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