COLUMN

近年、従業員が「退職代行サービス」を利用するケースが急増しています。
東京商工リサーチにより2025年6月に実施された調査では、退職代行業者から連絡を受けた企業は全体の7.2%、大企業では15.7%とされ、決して珍しい事例ではなくなっています。
参考:東京商工リサーチ「TSRデータインサイト」
この記事では、退職代行について、社労士がわかりやすく解説します。
・退職代行が増えている背景
・退職代行の種類と特徴
・退職代行を利用された場合の対処法
・退職代行を防ぐための職場づくりとは
退職代行の連絡を受けた経験がある企業や、連絡時の対処法を知りたい労務担当者の方は、ぜひ参考にしてください。

退職代行とは、従業員本人に代わり、企業へ退職意思を伝えるサービスです。
ここでは、利用者が増加している背景を「職場」「転職」「個人」の3つの側面から解説します。
厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概況」によると、次の離職理由が多く挙げられています。
・男性「収入が少ない」(10.1%)
・女性「労働時間・休日などの条件が悪い」(12.8%)「職場の人間関係が好ましくない」(11.7%)
また、厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」では、「パワハラ相談あり」と回答した企業は64.2%にのぼるなど、職場のハラスメントも社会全体で深刻な問題となっています。
こうした労働条件の不満・人間関係の悪化・ハラスメントが重なることで、退職の意思を伝えづらくなり、退職代行の利用につながっていると考えられます。
かつては終身雇用が当たり前の日本でしたが、経済状況の変化やデジタル技術の発展により、今では転職がより前向きな選択肢として受け入れられるようになっています。
厚生労働省の「雇用情勢の動向」でも、「より良い条件の仕事を探すため」という理由での転職が増加傾向にあり、2023年の転職者数は328万人に達しています。
こうした価値観の変化により、従業員は合わない職場に固執せず、自分に合う環境へ早めに切り替えるケースが増えています。その結果、職場との直接的な対話や交渉を避け、スムーズに退職したいというニーズが利用者を増やしていると考えられます。
退職代行の需要が高まる背景には、従業員が「直接退職を伝えること自体」に大きな心理的ハードルを感じている原因があります。キャリアバイブルの調査によると、約6割が退職意向を伝えにくいと感じた経験が「ある」と回答しました。
主な理由は、「退職理由を理解してもらえない」「人手不足で心苦しい」といった、人間関係や職場への配慮が挙げられます。とくに精神的に追い込まれている場合、直接の対話が困難な可能性が高く、第三者による代行を求める心理的要因となっています。
退職代行は、大きく「弁護士」「労働組合」「民間企業」の3つに分類され、行える範囲や企業側の対応ポイントが異なります。
次の表を参考に、それぞれの特徴を比較しましょう。
| 退職代行が実施する内容 | 弁護士 | 労働組合 | 民間企業 |
| 退職の意思伝達 | ◯ | ◯ | ◯ |
| 有給休暇の取得交渉 | ◯ | △ | × |
| 離職票などの請求交渉 | ◯ | △ | × |
| 返却物の交渉 | ◯ | △ | × |
| 未払い給与・残業代の請求交渉 | ◯ | △ | × |
| 退職金の請求交渉 | ◯ | △ | × |
| 不当な要求への対応交渉 | ◯ | △ | × |
| 法律にもとづく専門的な交渉 | ◯ | × | × |
| 裁判手続の代理人 | ◯ | × | × |
このように、主体ごとに認められる対応範囲には大きな差があります。
弁護士 :企業との交渉〜裁判手続きまで広範囲な対応が可能。
労働組合:団体交渉権にもとづき、一定範囲の交渉が可能。企業には団体交渉に応じる義務がある。
民間企業:法的な交渉は認められておらず、「退職の意思を伝えること」のみ対応できる。
それぞれの権限が異なるため、企業側は、どこから連絡が来ているのかを正確に把握し、適切に対応することが重要です。
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退職代行から連絡があった場合、まずは冷静に事実関係を整理し、適切な手順で対応することが重要です。
ここでは、企業が押さえるべき具体的なポイントを解説します。
退職代行から連絡があった場合は、3つのステップで確認を進めます。
【Step1】連絡元の主体を確認する(弁護士・労働組合・民間企業) まずは名称や担当者、連絡先を聞き取り、次のような実態を確認します。 ・弁護士 :所属事務所・登録番号 連絡元の主体により、交渉の可否や企業側の対応義務が大きく異なるため、最初の確認が重要です。 |
【Step2】従業員本人の意思を確認する 本人へ直接の意思確認が困難な場合、退職代行側に委任状や経緯、本人確認書類の提示を求め、従業員の意思であるかを確認します。 |
【Step3】従業員の雇用形態を確認する 退職を申し出た従業員が「無期雇用」か「有期雇用」かにより、企業側の対応が変わります。 ・無期雇用(正社員など) 期間の定めがない正社員などは、民法627条により、退職日の2週間前までに意思表示があれば退職することができます。企業の承諾は不要で、退職代行経由でも効力は同じです。 そのため企業側は、退職を前提に最終出勤日・貸与品返却・給与処理などの対応を進めることになります。 ・有期雇用(契約社員など) 期間の定めがある契約社員は、民法628条により、契約期間の途中で一方的に退職することを原則として認められていません。 そのため、契約終了までは退職できない旨を伝えるか、退職理由の背景に「やむを得ない事由」があるかを確認する必要があります。 |
民間の退職代行サービスは、企業へ「退職の意思を伝えるところまで」が対応範囲です。弁護士のような交渉や、労働組合のように団体交渉をしたりする権限はありません。
そのため、民間の退職代行サービスから次のような連絡があった場合でも、企業として応じる必要はありません。
・退職日の一方的な指定
・有給休暇の買い取り
・未払い賃金や残業代の支払い交渉
・金銭トラブルの精算の要求
ただし、トラブルに発展しないよう、退職日や有給休暇の取り扱いなどは、法律及び企業のルールに沿って説明するなど冷静な対応がポイントです。
退職日は、民法627条により退職の申し出から2週間後に成立するのが原則です。
就業規則で「退職の申し出は1か月前まで」と定めている場合、就業規則が優先するという見解もある一方で、民法を強行規定として2週間で退職が成立すると判断した裁判例もあります。
このため、企業側としては、法的リスクを踏まえ、申し出を受け入れて調整を進める方が現実的といえます。
また、退職までの残りの日数で有給消化を求められた場合、基本的には拒否できません。未消化の有給日数や退職日までの給与を正確に計算し、最終給与への反映が求められます。
従業員本人との直接連絡が困難な場合は、退職代行サービスを介して、必要書類や貸与品の返却について連絡します。
退職届の提出:企業の書式がある場合は共有する
貸与品の返却:業務用PC、携帯電話、社員証、制服など
誓約書の提出:秘密保持や情報漏えい防止に関する誓約書を共有する
なお、出社は見込めないため、退職届や貸与品の郵送にかかる手順や費用は、企業側から具体的に案内し、退職手続きを円滑に進めることがポイントです。
退職代行の利用は、多くの場合、職場での不満やコミュニケーション不足が積み重なった結果として生じます。企業としては、このような状況を未然に防ぎ、従業員が安心して相談や退職の意向を伝えられる環境を整えることが重要です。
ここでは、従業員が退職代行に頼らず、安心して相談や退職の意向を伝えられる職場づくりのポイントを解説します。
上司との関係が希薄で悩みを話しにくかったり、社内に相談相手がいなかったりすると、従業員は問題を抱え込んだまま退職代行に頼らざるを得なくなることがあります。
こうした事態を防ぐためには、従業員が早い段階で気軽に相談できる場や仕組みを整えることが大切です。
企業が取り組める仕組みは、次のようなものがあります。
1on1面談の定期実施
上司と部下が定期的に対話し、業務量・人間関係・キャリアの悩みを早期に把握できる
社内相談窓口の整備
ハラスメントや職場環境など、上司には言いづらい内容を外部相談窓口で聞き取る
匿名アンケートの活用
本音を引き出しやすく、職場の「見えにくい不満」を発見しやすい
このような仕組みを整えることで、トラブルの予防と早期発見につなげることができます。
退職代行を利用される背景には、日常的なストレスや働きづらさが積み重なっていることも要因のひとつです。
相談体制にくわえて、ハラスメント防止や業務量の調整など、職場環境の根本的な見直しも行う必要があります。
企業が取り組める対策は、次のようなものがあります。
・管理職向けハラスメント研修の定期実施
・ハラスメント予防啓発ポスターの貼り出し
・属人化した業務の棚卸し、マニュアル化
・不要な作業の削減や業務効率化ツールの導入
このように、企業が「職場を良くしていこう」という前向きな姿勢を示すことが、従業員の安心感につながります。
退職には職場の人間関係のほか、家庭の事情やキャリア形成など個々の理由があり、引き止めが困難なケースも少なくありません。そのため、「退職の相談をしても否定されない」「退職の意思は尊重される」と感じられる環境づくりが、退職代行を避けるうえで重要になります。
コミュニケーションの質を高めるためのマネジメント研修や、直属の上司だけでなく人事部門へ直接相談できるルートを作ることも効果的です。
また、退職代行を利用された場合には「なぜ直接伝えられなかったのか」を検証する必要があります。守秘義務に配慮したヒアリングや、メンタル不調・離職が続く部署への匿名アンケートなどを通じて、組織の課題を可視化することで、改善につなげましょう。
退職代行への対応では、連絡元の主体によりどこまで応じるかや、本人意思の把握など、法的・実務的手続きを慎重に進めることが重要です。
一方で、退職代行の背景には職場環境や人間関係の課題がひそんでいることも多く、早期相談の仕組みづくりやハラスメント防止、業務改善などの取り組みが求められます。
従業員が安心して相談したり退職を申し出たりできる体制を整えることは、職場環境の改善につながり、企業の成長にも大きく役立つでしょう。
あかつき社会保険労務士法人は、退職代行への適切な対応・手続きやトラブルを防ぐための実務対応について、安心して進められるようサポートしております。
また、トラブルを未然に防ぎつつ、再発防止に向けた就業規則や社内ルールの見直しなどもご提案いたします。
次のお悩みに1つでもチェックが入りましたら、お気軽にご相談ください。
退職代行から連絡を受けたときの対応が知りたい
未払い賃金や有給などトラブルに発展するのを避けたい
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まずはオンラインで無料ヒアリングを実施いたします。
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